おとなの読書感想文

恋愛小説から自己啓発まで。26歳OLの読書感想文。

物語を紡ぐ町ー 『箱庭図書館』乙一

いつもと同じ風景。

窓際のカーテンが木漏れ日に揺れ、とおくで子どもの声が幾重にもこだまする、おだやかな午後。


ふと、頭上から水滴が落ちてきた。

ぴちゃっ、という音と冷たい感触は不快だけれど、きっとただの雨漏りだろう。

 

それとも、天井裏になにか隠れてでもいるのだろうか。

 

――きょうは、なにかが、おかしい。

 


風にふくらむカーテンは、春の陽気にひるがえる少女のワンピースのようで、

すこしの間まぶたを閉じれば、たちまちまどろみの午後に溶けていきそうだ。

 

それでも私は天井裏が気になってしまい、眠りに落ちることができない。

等間隔で落ちてくる水滴のぴちゃっという音が、次第に大きくなって私の鼓膜を響かせている。

 

* * * * * * * * *

 

小説を読みながら、頭の中に景色が広がることがあります。

その物語に出てくる場所というわけではなく、物語を読むことで、どこからともなく浮かび上がってくる心象風景。

 

この小説『箱庭図書館』を読みながら、私はいつのまにかある部屋の中にいました。

春の日の美しい午後。

とても心地良いはずなのに、天井から落下する水滴の冷たさが、肌にはりついてはがれないのです。

 

この小説は、6つのストーリーが収録された短編集です。

「物語を紡ぐ町」がキャッチコピーの架空の町・文善寺町を舞台に、そこに住む人々が紡ぐ、それぞれの物語がつづられています。

 

粉雪の降る中で、寒さも忘れて読書に熱中してしまう文学少女

部室以外では決してすれ違うことのない、美人で口の悪い先輩。

道端で拾った鍵に合う鍵穴を、日が暮れるまで探し求める優等生。

 

物語全体にただようやわらかな雰囲気のなかで、

見て見ぬふりをすれば風化してしまうような些細ないびつさを拾い集めながら、先へ進んでいく。

その体験をミステリーと呼ぶかファンタジーと呼ぶのか、あるいはホラーと呼ぶべきか、この短編集を前に既存のカテゴリーはあまり重要ではなくなってしまうような気がします。

 

「物語を紡ぐ町」に一度足を踏み入れれば、もう引き返すことはできません。

 

この物語を読んだひとだけがみることができる景色が、そこには広がっているのです。